大内番所跡(読み)おおうちばんしよあと

日本歴史地名大系 「大内番所跡」の解説

大内番所跡
おおうちばんしよあと

[現在地名]山中町大内町

大内町から福井県丸岡まるおか山竹田やまたけだに通ずる道の西側にあり、現在は空地となっている。大内峠を越えるこの道は古くから加賀越前を結ぶ要路であったため、大聖寺藩では番所に足軽を配置して通行人を取締った。山中温泉入湯者もここで厳しく取締を受けた。元治元年(一八六四)水戸藩の尊攘派天狗党が大挙上洛したとき、大聖寺藩では大内番所に藩兵を派遣、峠に逆茂木を設けている(西谷村誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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