大吉祖庄(読み)おおぎそのしよう

日本歴史地名大系 「大吉祖庄」の解説

大吉祖庄
おおぎそのしよう

大吉祖庄の名が文献上に現れてくるのは「吾妻鏡」文治二年(一一八六)三月一二日条に年貢未済の庄として「宗像少輔領大吉祖庄」とあるのみである。宗像少輔は、藤原氏の一門宗形宮内入道師綱の子親綱とし、木曾谷南部にあった「小木曾おぎそ庄」に対して、鳥居とりい峠を境に現在の木祖きそ村・日義ひよし村・木曾福島きそふくしま町にかけての地域におかれた荘園で、その中心は日義宮越みやのこし付近ではないかと推定されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む