大夫興野(読み)だいぶこうや

日本歴史地名大系 「大夫興野」の解説

大夫興野
だいぶこうや

[現在地名]聖籠町大夫興野

南西は佐々木(ささき)新田に接し、第四線砂丘列上に位置する。明暦元年(一六五五)の聖籠新川開削に伴う開発と伝えられるが(新潟県農地改革史資料)、寛文七年(一六六七)と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)には村名がない。新発田藩新発田組に属し、浦山(うらやま)・浅右衛門原(あさえもんはら)・山(やま)ノ口(くち)などの枝郷を有した。享和三年(一八〇三)の御領分組々村別石高庄屋名主名前帳(菱田家文書)には高一九八石と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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