大川浦(読み)おおかわうら

日本歴史地名大系 「大川浦」の解説

大川浦
おおかわうら

[現在地名]和歌山市大川

海部(あま)郡に属し、深山(みやま)村の北東に位置する。北は海に臨み、北東は和泉国に接する。海は荒磯で風のある時は船は泊まる場所がない(続風土記)。中世には賀太(かだ)庄(本庄)に含まれ、享徳四年(一四五五)二月吉日付賀太本庄年貢等注進状(向井家文書)の「引物之色々日記」中に「五升 収納井宇大河之分」とみえる。

慶長検地時には賀田(かだ)村に含まれて高付されている。元和五年(一六一九)の加子米納申帳(栗本家蔵)によると加子役を負うており、加子役数一〇人。それまで加太(かだ)浦に属していた当浦が、この時期独立して加子役を負担することになったものである。その後の御領分加子米高帳(田中家蔵)によれば加子米高二〇石四斗。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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