大槻古墳群(読み)おおづきこふんぐん

日本歴史地名大系 「大槻古墳群」の解説

大槻古墳群
おおづきこふんぐん

[現在地名]鳥屋町大槻

二宮(にのみや)川左岸の低丘陵部、通称小山台(こやまだい)に立地する古墳群。前方後方墳一基を含む一一基からなるが、弥生時代後期に属する方形台状墓(三号墓)の存在も確認されており、当地域の前期古墳群として重要である。一一号墳は全長二七メートル、前方部長さ一二・八メートル、同前端幅一一メートル、同高さ〇・八メートル、くびれ部幅八・五メートル、後方部幅一五メートル、同長さ一四・九メートル、同高さ三・二メートルの古相を示す前方後方墳であり、前方部の一部が墓地として利用されているが、全体に優美な墳丘をとどめている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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