大橋宗古(読み)おおはし そうこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大橋宗古」の解説

大橋宗古 おおはし-そうこ

1576-1654 江戸時代前期の将棋棋士。
天正(てんしょう)4年生まれ。大橋宗桂(大橋本家初代)の長男。大橋本家2代。寛永11年家督をつぎ,将棋所2世名人となる。「二歩,千日手,死に駒を打つこと」を禁ずる将棋治式三箇条を制定した。承応(じょうおう)3年7月15日死去。79歳。京都出身。著作に「小象戯(こしょうぎ)」「象戯図」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の大橋宗古の言及

【伊藤宗看】より

…出雲国に生まれる。2世名人大橋宗古の門人になり,棋力に秀でていたために宗古の娘をめとって伊藤家を興した。幕府より家禄として代々20石五人扶持を支給され,1654年(承応3)宗古が没すると名人に就任。…

【大橋宗桂】より

…初代将棋名人。京都の町人出身で宗慶といい,後に宗桂と改名。将棋が上手であったために織田信長,豊臣秀頼,徳川家康,徳川秀忠に遊興の奉仕として召し出され,本因坊算砂らと将棋を指して巧芸を披露した。江戸幕府成立後,将棋指衆として召し抱えられ,碁所より分岐した将棋所の司として初代名人になり,50石五人扶持の俸禄を与えられた。これは将棋が市井の遊芸から幕府公認の技芸として認められ,民間の将棋指しが幕臣に加えられたことを意味し,将棋史上画期的なできごとであった。…

※「大橋宗古」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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