大池町(読み)おいけまち

日本歴史地名大系 「大池町」の解説

大池町
おいけまち

[現在地名]水口町京町きようまち

やなぎ町の東、東海道を挟んだ両側町。南はひがし町、北は池田いけだ町と接し、町の東西端を南北に辻が通じる。延宝七年地子赦免帳では居屋敷二三・番屋敷一。屋敷地の間口は最大が一四間四尺余、持主九郎左衛門で、その地面は池田町にわたる。九郎左衛門は甲賀武士の末で、酒造を行った池田氏のことと思われる。間口最小は二間余。文久二年書上によれば、町の東端南側に水口宿の問屋場が置かれていた。天保一〇年(一八三九)の「諸国道中袖鏡」に問屋として佐治・服部両氏の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む