大泉寺跡(読み)だいせんじあと

日本歴史地名大系 「大泉寺跡」の解説

大泉寺跡
だいせんじあと

[現在地名]住田町上有住 檜山

五葉ごよう山西麓にあった。万禄山と号し、天台宗。建立年代は不明であるが、鎌倉時代葛西氏から五葉山別当として寺領を与えられたと伝える。現在は檜山ひやま奥地に阿弥陀堂のみを残す。元禄一一年(一六九八)の「気仙郡古記」には五葉山麓に三間四方の弥陀堂があるとし、本尊は長三尺の坐像、別当大泉寺は還俗して十兵衛と称したとも記され、この頃すでに廃絶していた。元禄一〇年の書上(紺野文書)に「小檜山御山守古人十兵衛」がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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