大洲庄(読み)おおすのしよう

日本歴史地名大系 「大洲庄」の解説

大洲庄
おおすのしよう

尼崎市南部にあったと推定される庄園。延文五年(一三六〇)三月一二日の足利義詮御判御教書案(大覚寺文書)に「摂津国大洲庄大覚寺」とみえ、摂津・河内方面の南朝軍攻撃のため前年一二月から尼崎に滞在中の足利義詮が、陣所としていた当庄内の大覚(だいかく)寺に対して摂津国富嶋(とみしま)庄(現大阪市大淀区)の下司職を寄進した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 河口 神崎 だい

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む