大滝城跡(読み)おおたきじようあと

日本歴史地名大系 「大滝城跡」の解説

大滝城跡
おおたきじようあと

[現在地名]今立町大滝

大滝神社の東方、奥院の背後山頂(三四〇メートル)にあった南北朝時代の城跡。近年の調査によって数ヵ所の平坦地と堀切・切落などの大規模な遺構が発見された。暦応四年(一三四一)七月日付の得江頼員軍忠状(得江文書)に「(六月)廿六日押寄大滝城、日々致合戦、同廿八日攻落彼城畢」とある大滝城は、これをさすと考えられ、「越前国城蹟考」にも「大滝村ヨリ二十町許辰方山上ニ城台櫓台堀切之形数ケ所有」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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