大窪町(読み)おおくぼちよう

日本歴史地名大系 「大窪町」の解説

大窪町
おおくぼちよう

[現在地名]日野町大窪 大窪町

上大窪町の西に続き、日野大窪町の中央西寄りに位置する。下大窪町とも称し、延宝七年(一六七九)からは大窪組に所属。城下町割では本(ほん)町通九ヵ町のうちに下大窪町・大窪町がみえるが、当町はこの両町の一部にあたると思われる。正徳五年(一七一五)の三町絵図では東端の上大窪町境から南に延びる道の角が高札場(現在の札の辻)で、南接して蔵屋敷、その南隣に遠久(えんきゆう)寺(現浄土真宗本願寺派)が描かれ、西端の日野松尾(ひのまつお)町との境には「従是東水口領」の石碑が建つ。寛保三年(一七四三)には合薬屋四軒があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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