大迫寺跡石塔群(読み)おおさこじあとせきとうぐん

日本歴史地名大系 「大迫寺跡石塔群」の解説

大迫寺跡石塔群
おおさこじあとせきとうぐん

[現在地名]日南市吉野方

吉野方よしのかた東部にあり、東隣には大迫寺一二坊の一、山本坊の座主が紀州より勧請したと伝える熊野権現神社がある(日州神社考)。県指定史跡。かつて石塔群は大迫寺の寺跡周辺林叢中に散在し、多くは埋没していたが(宮崎県史蹟調査)、その後現在の位置に集めて整理された。鎌倉時代から江戸時代までの石塔群は多宝塔・板碑・五輪塔などからなり、二五〇基以上が残る。年代が判読できるもので最も古いものは永仁三年(一二九五)の紀年銘を有する板碑で、ほかに正平二五年(一三七〇)四月八日の紀年を有する板碑も残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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