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飫肥 おび

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

飫肥
おび

宮崎県南部,日南市の中心市街地。旧町名。 1950年近隣町村と合体して日南市となる。広渡 (ひろと) 川の支流酒谷川が鰐塚山地と離れる谷口に位置する,旧飫肥藩伊東氏5万 7000石の城下町

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世界大百科事典 第2版の解説

おび【飫肥】

日向国(宮崎県)の城下町。《和名抄》には飫肥郷の名でみえ,《建久図田帳》には島津荘寄郡として飫肥北郷400町,飫肥南郷110町と出てくる。15世紀来島津・伊東両氏の係争の地となり,1587年(天正15)豊臣秀吉によって伊東祐兵(すけたか)がこの地に封ぜられるにおよんで,同氏によって本格的に城下の整備がなされた。城の大手門から南北にのびる大手門通りに交差してまず東西に横馬場が走り,次に県道をはさんで本町通り,前鶴通りの各通りがある。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔宮崎県〕飫肥(おび)


宮崎県日南(にちなん)市の中心地区の一つ。1950年(昭和25)、旧飫肥町が油津(あぶらつ)町ほか1町1村と合併、日南市となる。中世以来、島津(しまづ)・伊東(いとう)両家の抗争の地。江戸時代は飫肥藩伊東家5万石余の城下町で、飫肥杉の集散地。旧城下町地区は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

飫肥
おび

宮崎県南部、日南(にちなん)市の中心地区。旧飫肥町。飫肥藩伊東氏5万1000石の城下町。飫肥城は、広渡(ひろと)川の支流、酒谷(さかたに)川が大きく南に屈曲した丘陵の末端に位置する平山城(ひらやまじろ)である。城下町は、江戸時代の武家屋敷が今日でもよく保存され、1977年(昭和52)重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた。指定種別は武家屋敷で、その規模は山口県萩(はぎ)市に次ぐ。代表的建造物に旧藩校振徳堂(しんとくどう)、藩主私邸予章館(よしょうかん)などがある。明治の外交官小村寿太郎の出身地で、小村記念館が設置されている。[横山淳一]

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世界大百科事典内の飫肥の言及

【日南[市]】より

…市域西部には古第三紀の鰐塚(わにつか)山地,海岸近くには新第三紀の鵜戸(うど)山地があり,鰐塚山地から南東方向へ広渡(ひろと)川が流れ沖積地を形成する。市制時に合体した旧町の飫肥(おび),吾田(あがた),油津(あぶらつ)にそれぞれ市街地が発達し,広渡川の河谷に通じる日南線と国道222号線によって結ばれている。飫肥は藩政時代飫肥藩伊東氏の城下町で,現在は商業地区であるが,城跡を中心に古い町並みを残し,伝統的建造物群保存地区に指定されている。…

【日南海岸】より

…油津以南は古第三紀の厚い砂岩とケツ岩の山地が海に迫って岬や湾をなし,海中には大島,築島,幸(こう)島などの島が点在する。地形が険しいために,古くは鵜戸山地西側の断層線に沿って宮崎市南部から飫肥(おび)に通じる飫肥街道が利用されたが,現在は海岸沿いに国道220号線が通り,南郷町以南は県道が都井岬を経て串間市へ通じる。北から青島,太平洋と鬼の洗濯板の海岸を望む堀切峠,約130万本のサボテンに覆われたサボテン公園,鵜戸神宮,城下町の面影が残る飫肥,大島周辺の海中公園,ニホンザルの生息する幸島,野生馬の都井岬など見どころが続く。…

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