日本歴史地名大系 「吉野方村」の解説
吉野方村
よしのかたむら
- 宮崎県:日南市
- 吉野方村
文明一六年(一四八四)一二月薩摩の義岡島津豊久は伊作久逸と伊東祐国の軍勢に取囲まれた飫肥城の新納忠続支援のため、単身三〇〇の兵を率いて「逆谷竈之蔵」に陣を構えた。同月二二日この陣に伊作・伊東勢二千が来襲して合戦となり、豊久・志和池忠豊らは衆寡敵せず戦死し(「文明記」、「義岡豊久譜」「島津忠昌譜」「志和池忠豊譜」旧記雑録など)、薩摩勢は翌日未明のうちに「釜鹿倉」から退却したという(庄内平治記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報