大野木庄(読み)おおのぎのしよう

日本歴史地名大系 「大野木庄」の解説

大野木庄
おおのぎのしよう

大野木付近に比定されるが成立時期は不明。奈良興福寺・春日社領で「古今最要抄」によれば承安元年(一一七一)九月、興福寺衆徒が「御供田三十八反」を伊賀国住人大江貞成が押領したと訴えを起こしている。「春日社記録」によれば弘安六年(一二八三)国衙が大野木庄を押領とある。一一月六日・同二九日・一二月三日条によれば春日社は神人を派遣して、在庁官人の裁定がでるまでは米を百姓らの手元に置くようにと伝えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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