大面庄(読み)おおものしよう

日本歴史地名大系 「大面庄」の解説

大面庄
おおものしよう

栃尾・下田しただ丘陵の西側一帯、現三条市南部からさかえ町、そして見附市の一部を含む地域に比定される。「吾妻鏡」文治二年(一一八六)三月一二日条に載る乃貢未済庄々注文に「鳥羽十一面堂領大面庄」とみえ、鳥羽上皇御願の十一面堂領であったから、おそくとも鳥羽院政期には成立し、院領に編成されたものと思われる。本家職はその後、八条院(鳥羽天皇第三皇女)に移り(同書同四年六月四日条)、領家職は中納言入道(藤原成範か)であった(同書同年七月二八日条)。同四年六月一一日付の中原親能請文(同書七月二八日条)によれば、当庄には沙汰人・雑掌らが置かれ、庄の倉庫が存在し、年貢は早米と後米に少なくとも二度に分けられ、京都の領家に船で送られていた。鎌倉時代末期と思われる大見・小諸両氏所領相伝系図(大見安田氏文書)によれば、当庄の桜森さくらもり中村なかむら(現見附市)領主権が小諸忠氏より同光氏と同兼氏へそれぞれ分与され、彼らの孫の同姉子より大見資宗へと譲られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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