大馬木村(読み)おおまきむら

日本歴史地名大系 「大馬木村」の解説

大馬木村
おおまきむら

[現在地名]横田町大馬木

大谷(おおたに)村の南に位置し、大馬木川流域に立地する。南の備後国境には毛無(けなし)山・烏帽子(えぼし)山・吾妻(あづま)山などがそびえ、西は小馬木(こまき)村に接する。「出雲国風土記」の仁多郡に載る阿伊(あい)村は大馬木村・小馬木村付近の古名とされる。中世は馬木郷に属した。文禄五年(一五九六)二月一九日の佐世元嘉知行宛行状(信原文書)によると、「大真木」のうち一千五〇〇石を信原弥五郎が、一一六石を百弘三郎兵衛が宛行われている。正保国絵図に大馬木村とみえる。慶安元年(一六四八)の検地帳によると高一千一一〇石余・反別九八町九反余、名請人一一三。元禄十年出雲国郷帳では高一千四四二石余、寛文四年(一六六四)の本田高一千三八〇石余・新田高一八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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