朝日日本歴史人物事典 「大黒屋庄六」の解説
大黒屋庄六
生年:生年不詳
江戸中期の町人。名は秀民。庄六は通称で,正六とも書いた。狂名俵小槌。江戸新吉原角町の家持ちで,廓内の男女の芸者を管理したり揚代の勘定などをするため,明和(1764~72)のころ初めて吉原に見番を設立して主人となり,安永8(1779)年以降,その収益の一部をもって吉原へのメーンルート日本堤などの補修や下水の修理に当てた。烏亭焉馬が庄六をモデルとして,浄瑠璃「碁太平記白石噺」(1780初演)に大福屋惣六の名で妓楼の主人として登場させたが,のちには大黒屋惣六として演じられる。
(宇田敏彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報