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梅暮里谷峨 うめぼりこくが

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

梅暮里谷峨
うめぼりこくが

[生]寛延3(1750)
[没]文政4(1821).9.3. 江戸
江戸時代後期の洒落本作者。本名,反町三郎助,のちに与左衛門。上総久留里藩士。主著『傾城買 (けいせいかい) 二筋道』 (1798) ,『白狐通』 (1800) 。

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デジタル大辞泉の解説

うめぼり‐こくが【梅暮里谷峨】

[1750~1821]江戸後期の洒落本作者。上総(かずさ)久留里藩士。通称、反町三郎助。作「傾城買二筋道」「廓(さと)の癖」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

梅暮里谷峨

没年:文政4.9.3(1821.9.28)
生年:寛延3(1750)
江戸中期の戯作者。反町三郎助と称する上総国(千葉県)久留里藩士だが,江戸本所埋堀の藩邸に住んだので,梅暮里と号した。初め梅月堂梶人,のちには蕣亭とも号している。天明8(1788)年刊の洒落本『青楼五ツ雁金』を処女作とするが,当時はちょうど寛政の改革のころで,洒落本の著作などを遠慮する世情となり,それがようやく落ち着いた寛政10(1798)年,『傾城買二筋道』を刊行して,一躍,後期洒落本界の寵児となる。その後『二筋道』の2編,3編を続刊し,主知的な戯作であった盛期の洒落本の内容を一変して,主情的,伝奇的な内容へと導き,やがて人情本生み出すその下地を作った。また文化末年(1818年ごろ)から文政(1818~30)にかけては読本の作にも手を染めたが,こちらの方はあまり得意とするところではなかったようである。滝沢馬琴は,例によって「戯作の才はありながら,文字は素よりなき人なるべし」(『江戸作者部類』)と悪口をいうが,『二筋道』の内容は,安永7(1778)年,田螺金魚作の『契情買虎之巻』の伝奇的内容と,盛時の洒落本の細密な描写や滑稽性とを上手に一編のなかに盛り込んで,洒落本の質的変化を無理なくもたらしたあたり,確かにその才の並々ならぬものを示している。のちに江戸旗本の次男坊であった萩原乙彦(歌沢能六斎)が,その2代目を名乗るが,こちらも,幕末明治まで,一流の戯作者として活躍した。

(中野三敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

うめぼりこくが【梅暮里谷峨】

1750‐1821(寛延3‐文政4)
江戸後期の洒落本作者。谷我とも書く。本名は反町(そりまち)三郎助,通称与左衛門。上総国久留里黒田藩士で,江戸本所埋堀(うめぼり)に居住したのでこの筆名がある。梅月堂梶人(かじんど)の名で洒落本《青楼五雁金(せいろういつつかりがね)》(1788)と続編《染抜五所紋(そめぬきいつところもん)》(1790)があり,1790年(寛政2)の《文選臥坐(もんぜんござ)》中の〈河東の艶詞〉に初めて梅暮里谷我の名を用いた。

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大辞林 第三版の解説

うめぼりこくが【梅暮里谷峨】

(初世)(1750~1821) 江戸後期の戯作者。上総久留里藩士。通称を反町三郎助。末期洒落本を代表する作者。著「青楼五ツ雁金」「傾城買二筋道」「廓さとの癖」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

梅暮里谷峨
うめぼりこくが
(1750―1821)

江戸後期の戯作者(げさくしゃ)。通称反町(そりまち)三郎助、のち与左衛門。上総(かずさ)(千葉県)久留里(くるり)藩の江戸詰め藩士で、本所埋堀(うめぼり)の藩邸に住んだ。晩年に読本(よみほん)、人情本の作もあるが、本領は洒落本(しゃれぼん)にある。代表作は1798年(寛政10)刊『傾城買二筋道(けいせいかいふたすじみち)』と翌年の後編『郭の癖(くるわのくせ)』、翌々年の三編『宵の程(よいのほど)』である。それまでの洒落本と違って、客と遊女の恋の真情を描き、以後の洒落本の作風を決定し洒落本が人情本へ移る契機をつくった。寛政(かんせい)の改革以降の、末期洒落本の作風を代表する作者である。[神保五彌]

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世界大百科事典内の梅暮里谷峨の言及

【傾城買二筋道】より

…1冊。梅暮里谷峨(うめぼりこくが)作。1798年(寛政10)刊。…

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