天増川村(読み)あますがわむら

日本歴史地名大系 「天増川村」の解説

天増川村
あますがわむら

[現在地名]今津町天増川

きた川の支流天増川に沿い、本村天増川村の奥に枝郷の梨子木なしのき六ッ石むっいし轆轤ろくろ水谷みずたにがある。枝郷四村は明治七年(一八七四)本村から分離して合併して狭山さやま村となる。寛永石高帳に高三〇石余とあり、旗本朽木(本家)領。慶安高辻帳では田方五石余・畑方二五石余、ほかに小物成米六石余。村奥のおお谷で、領家りようけ(浜分村)など八ヵ村でつくる川登組(炭焼の組)係争があり、慶安二年(一六四九)川登組が江戸へ出訴した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android