天寧寺町(読み)てんねいじまち

日本歴史地名大系 「天寧寺町」の解説

天寧寺町
てんねいじまち

[現在地名]会津若松市花春町はなはるまち・天寧寺町

外郭の東にあって天寧寺町口郭門を出て東に行く通りで、長さ五町三四間余・幅三間余。会津郡天寧村にある天寧寺に近いのでこの名がついた(新編会津風土記)。寛永九年(一六三二)加藤明成が滝沢たきざわ峠を修理する以前は、天寧寺町口が背炙せあぶり峠を越えて白河宿に出る参勤交代の主街道であった。この道の中ほどから慶山けいざん村に通る石挽いしひき道がある。同一六年明成が若松城を増改築したとき、慶山から石を切出してこの道を引かせたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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