天満下用水堰(読み)てんまんしたようすいぜき

日本歴史地名大系 「天満下用水堰」の解説

天満下用水堰
てんまんしたようすいぜき

五戸川の中流右岸より取水し、兎内(うさぎない)・切谷内(きりやない)・上市川(かみいちかわ)を経て、石呑(いしのみ)方面へ注ぐ。享保五年(一七二〇)の堰代替地証文(木村家文書)に「五戸村用水堰」とみえ、天保七年(一八三六)の上市川石呑谷地開発願書(種市家文書)に「五戸町天神之下タ切谷地村用水堰」とある。藩政初期五戸代官の木村氏が五戸村古館下川原(ふるだてしたかわら)より取水し、兎内村方面へ引水したことに始まるとされ、五戸川の堰止にはナデ綱法とよばれる工法が使われたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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