天王寺御蔵跡(読み)てんのうじおくらあと

日本歴史地名大系 「天王寺御蔵跡」の解説

天王寺御蔵跡
てんのうじおくらあと

[現在地名]南区日本橋二丁目

宝暦二年(一七五二)に天王寺村鋳銭所跡に建設された幕府米蔵で、高津(こうづ)御蔵ともよばれ寛政三年(一七九一)まで存続した。鋳銭所が廃止された跡地は民有地となっていたが、宝暦二年幕府に再度買上げられて蔵の建設となった。松平石見守殿御初入ニ付差出御覚書(京都大学蔵)によると、天王寺村領御蔵場は宝暦二年より始まり、東西七一間、南北九〇間、舟入堀は東西一六間・南北二〇間、水揚場は東西六六間・南北二五間五尺、入堀長さ四三九間・幅九間、大坂城より未の方、道法およそ三二町ほどと概要が示されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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