太夫崎村(読み)たゆうざきむら

日本歴史地名大系 「太夫崎村」の解説

太夫崎村
たゆうざきむら

[現在地名]鴨川市江見太夫崎えみたゆうざき

天面あまつら村の南に位置し、伊南房州通いなんぼうしゆうどおり往還が村内を通る。朝夷あさい郡に属した。正保郷帳に村名がみえ、高八七石余、うち田方五〇石余・畑方三七石余、旗本上野領四三石余・同内藤領四三石余。元文村高帳では幕府領。「伊能忠敬測量日記」によると、享和元年(一八〇一)には高九一石余、家数四六で、旗本三枝領となっている。文政一〇年(一八二七)の安房国中村高書上帳(川名家文書)では旗本本多領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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