太田喜二郎(読み)オオタ キジロウ

20世紀日本人名事典 「太田喜二郎」の解説

太田 喜二郎
オオタ キジロウ

昭和期の洋画家



生年
明治16(1883)年12月1日

没年
昭和26(1951)年10月27日

出生地
京都市上京区

学歴〔年〕
東京美術学校西洋画科〔明治41年〕卒

経歴
黒田清輝に勧められて明治41年欧州留学、ベルギーのガン市立美術学校に学び、エミール・クラウスにも師事した。大正2年帰国、3年の大正博覧会に「赤き日傘」を出品受賞、また同年の第8回文展で「帰路」が受賞した。その後は帝展、新文展の審査員となり、昭和9年紫野洋画研究所を創立、後進を指導。京都帝大工学部、京都市立絵画専門学校講師を務め25年には京都学芸大学教授に就任。また同年日展参事に挙げられた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「太田喜二郎」の解説

太田喜二郎 おおた-きじろう

1883-1951 大正-昭和時代の洋画家。
明治16年12月1日生まれ。黒田清輝(せいき)にまなび,明治41年ベルギーに留学する。大正3年大正博覧会で「赤き日傘」,文展で「帰り路」がそれぞれ2等賞。昭和9年私立紫野洋画研究所創設。25年京都学芸大教授。昭和26年10月27日死去。67歳。京都出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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