奥荒田村(読み)おくあらたむら

日本歴史地名大系 「奥荒田村」の解説

奥荒田村
おくあらたむら

[現在地名]加美町奥荒田

多田ただ村の南西杉原すぎはら川の支流奥荒田川の最上流域に位置する。西は峠を越えると越知おち(現神崎町)を経て生野いくの(現生野町)に通じる。慶長七年(一六〇二)の池田輝政知行方目録(鳥取県立博物館蔵)によれば、姫路藩主輝政は奥荒田村高六〇三石余などを由井助左衛門に宛行っている。慶長国絵図には奥荒田と記載される。天和元年(一六八一)免状(奥荒田区有文書)によると高六二四石余、小物成は銀一一〇匁。正保郷帳では田方四九二石余・畑方一三一石余、山役・炭竈役・鉄砲役があり、幕府領

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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