…その造営時期については諸説がある。九州型の最大のものが高良山(こうらさん)と女山(ぞやま)で,この2者を底辺にして二等辺三角形を描くと頂点に6世紀に大和朝廷に滅ぼされた磐井(いわい)の墓と伝える岩戸山古墳があり,これを中心として北方に中型の遺跡が杷木(はき),帯隈(おぶくま)山,おつぼ山と並び,さらに外郭に御所ヶ谷,鹿毛馬(かげのま),雷山と並ぶ3線の防御陣地を磐井がつくり,これを攻撃する大和勢が山口県石城山という瀬戸内型をつくったとする6世紀前半説,聖徳太子新羅遠征準備時のものとする7世紀説,吉備平野の鬼ノ城を吉備反乱に結びつける5世紀説,吉備大宰が設置したとする7世紀後半説などがあるが,大宰府防備のための大野城,基肄(きい)城よりは築城方式が古く,7世紀中葉以前のものであることは疑いない。【坪井 清足】。…
※「女山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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