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妍子内親王 けんしないしんのう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

妍子内親王 けんしないしんのう

?-1161 平安時代後期,鳥羽(とば)天皇の第6皇女。
母は藤原家政の娘(三条局)。永治(えいじ)2年内親王,伊勢斎宮となる。天養元年伊勢におもむいたが,久安6年病気でしりぞいた。吉田斎宮とよばれた。応保元年10月3日死去。名は研子とも。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

妍子内親王

没年:応保1.10.3(1161.10.23)
生年:生年不詳
平安後期の伊勢斎宮。鳥羽天皇と藤原家政の娘三条局の皇女。吉田斎宮と号す。母は待賢門院(鳥羽天皇皇后)の女房であったが性格が穏やかでなかったので,その娘の妍子は長承2(1133)年以降,宮中ではなく母の里邸の五条堀川邸で育てられることになった。康治1(1142)年2月内親王となり伊勢斎宮に卜定され,翌年野宮に入り,天養1(1144)年9月に伊勢に下った。久安6(1150)年病気により斎宮をやめ帰京した。

(中込律子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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