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遼金美術 りょうきんびじゅつLiáo Jīn měi shù

世界大百科事典 第2版の解説

りょうきんびじゅつ【遼金美術 Liáo Jīn měi shù】


[遼代の美術]
 中国の東北地方からモンゴルにいた遊牧民,契丹族は,916年(後梁の貞明2)耶律阿保機(太祖)が諸部族を統合し,皇帝と称した。936年(天顕11∥後晋天福1)太宗(耶律徳光)は中原の擾乱(じようらん)に乗じて後晋の成立を援助し,燕雲十六州を割譲させたが,後晋の離反に怒った太宗は946年(会同9∥後晋の開運3)首都の汴京(べんけい)(河南省開封)を陥れて後晋を滅ぼした。翌947年(大同1∥後漢の天福12)国号を遼と改めた太宗は,後晋の方技百工・図籍などをことごとく上京に送り,北帰した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報