学原村(読み)がくばらむら

日本歴史地名大系 「学原村」の解説

学原村
がくばらむら

[現在地名]阿南市学原町

石塚いしづか村の東に位置する。慶長二年(一五九七)の分限帳に楽原村とみえ、才見さいみ中林なかばやし両村と三村合せて六九九石余が細山主水佐(賀島政慶)知行地となっている。元禄二年(一六八九)写の慶長八年の那東郡富岡之内学原村検地帳(阿南市役所文書)によると田畑合二町一反余・分米一五石余(うち新開分八石余・古作出六石余)正保国絵図には覚原村と記され、「がくハら」と読みが付される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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