宇土金村(読み)うどがねむら

日本歴史地名大系 「宇土金村」の解説

宇土金村
うどがねむら

[現在地名]下田市宇土金

椎原しいばら村の北、南流する稲梓いなずさ川の西側に位置し、下田街道が通る。応永三年(一三九六)七月二三日の管領斯波義将奉書(上杉家文書)に「稲津郷内宇土賀禰村」とみえ、前年の七月二四日に上杉(山内家)憲方の遺領が子憲定に安堵され、この日憲定へ交付するよう命じられた。天文二〇年(一五五一)七月二五日北条氏康は清水康英が借銭返済に宇土金郷を充てることを認め、同郷は瑞泉庵に遣わされた(「北条氏康判物写」新井氏所蔵文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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