宇多天皇陵(読み)うだてんのうりよう

日本歴史地名大系 「宇多天皇陵」の解説

宇多天皇陵
うだてんのうりよう

[現在地名]右京区御室住吉山町

大内おおうち山山頂近くの東にあり、大内山陵という。天皇は光孝天皇第七皇子で母は班子女王。藤原摂関政治のただ中で関白を置かず、菅原道真を登用するなど政治刷新に努めた。醍醐天皇に譲位後、仁和寺落飾、仁和寺第一世となった。また亭子ていじ(跡地現下京区)を営み、風雅の催しも盛んであった。承平元年(九三一)七月一九日仁和にんな寺で死去(日本紀略)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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