宇崎村(読み)うざきむら

日本歴史地名大系 「宇崎村」の解説

宇崎村
うざきむら

[現在地名]麻生町宇崎

南は北浦に面し、北は岡平(おかだいら)村、西は根小屋(ねごや)村。中世は相賀(おうが)郷に属した(新編常陸国誌)。江戸時代は旗本領で、願仁坊(がんにんぼう)・宿(しゆく)・竜神(りゆうじん)・荒野(あらや)の四組が新庄氏、下向(したむき)・中向(なかごう)・上向(うわむき)の三組が松波氏の支配地となった。新庄氏知行所に関する延宝六年(一六七八)の常陸国行方郡宇崎村定帳(高野家文書)には、米一俵は四斗一升七合入、納米一石につき口米三升ずつ手数一升五合ずつ、門松代三〇文、荒糟蒿代六〇〇文、油荏二斗七升、縄二束、船役小鮒二千枚などは定納と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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