北浦(読み)きたうら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宮崎県北部,延岡市東部の旧町域。大分県との県境にあり,日向灘に臨む。 1972年町制。 2006年延岡市に編入江戸時代は延岡藩領。ほとんどが山地で,耕地はわずかである。水産業が中心で,イワシ漁のほかハマチの養殖が行なわれる。古江キンモクセイおよび高島のビロウ自生地は,ともに国の天然記念物に指定されている。東部の南北浦海岸は風光よく日豊海岸国定公園に属する。
茨城県南東部,行方市北東部の旧町域。北浦北西岸に位置する。 1955年武田村,津澄村,要村の3村が合体して北浦村となり,1997年町制。 2005年麻生町,玉造町と合体して行方市となった。ミツバ軟化栽培 (→黄化処理 ) が行なわれ,北浦みつばの産地として知られる。
秋田県西部,男鹿半島北西部にある男鹿市の一地区。旧町名。 1955年男鹿市に編入。古くから港町として栄え,男鹿文化発祥の地。農業,水産業が主で,八望台からの一ノ目潟二ノ目潟展望,男鹿温泉郷などの観光基地
茨城県南東部,霞ヶ浦の東側で行方 (なめかた) ,鹿島両台地にはさまれ,北西から南東に細長く横たわる湖。面積 35.2km2,周囲 64km。北部と南部が浅く,最大水深は 10m。淡水の富栄養湖。巴川に鉾田川が合流して北端で流入し,南は外浪逆浦 (そとなさかうら) に続く。湖岸には鉾田をはじめ多くの集落が発達し,沖積地には水田が開ける。漁業はイサザ,フナ,ワカサギが多く,コイの養殖も行われる。江戸時代から水上交通路として知られ,東北地方から江戸への物資の輸送路や鹿島・香取神宮参拝の通路として利用された。鹿島臨海工業地域の工業用水,上水道用水源としても利用され,中部の武井に揚水機場を設けて工場に給水。満潮時の海水逆流防止を目的とした常陸川水門の建設によって淡水湖となる。南端を JR鹿島線,国道 51号線が通る。水郷筑波国定公園に属する。

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百科事典マイペディアの解説

茨城県南東部にある南北に細長い湖。標高0.2m,面積35.04km2,最深7.0m。北端に巴川が流入,南端は外浪逆浦(そとなさかうら)を経て利根川に続く。近世鹿島参宮,江戸への物資輸送の水運に利用。淡水の富栄養湖で,シラウオ,ワカサギ,ウナギが漁獲され,コイ養殖も盛ん。南端部は水郷筑波国定公園に属する。→霞ヶ浦
→関連項目麻生[町]潮来[市]潮来[町]茨城[県]霞ヶ浦四十八津関東平野北浦[町]鉾田[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

茨城県南東部の淡水湖。鹿島台地と行方(なめがた)台地にはさまれた南北に細長い湖で,流入河川は巴川など20近くあるが,流出河川は(わに)川のみで,外浪逆浦(そとなさかうら),常陸利根川を経て利根川に通じる。面積36.1km2。最大深度7m。洪積台地面の河刻によって生じた低地への滞水によって成立した。近世初期まで関東平野東部に広く水域を占めた流海(ながれうみ)の残存部分にあたり,海退に伴う水域縮小に次いで,流入河川による湖面の埋立てが進み,湖岸線出入りがめだっている。

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大辞林 第三版の解説

茨城県南東部にある、南北に長い淡水湖。面積36平方キロメートル。鹿島臨海工業地域の水源。

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精選版 日本国語大辞典の解説

茨城県南東部、霞ケ浦の東側にある海跡湖。南北に細長く、古くは鉾田から鹿島神宮や江戸へ向かう水路に利用された。面積三五・二平方キロメートル。

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