日本歴史地名大系 「宇志村」の解説 宇志村うしむら 静岡県:引佐郡三ヶ日町宇志村[現在地名]三ヶ日町宇志三ヶ日村の東に位置し、南は猪鼻(いのはな)湖に臨む。宇志川が南流し、本坂通が東西に走る。「和名抄」にみえる浜名郡宇智(うち)郷の遺称地とされる。堂崎(どうさき)地先の猪鼻湖中には水没した故地があったといわれ、「遠江国風土記伝」には礎石があると記される。中世には宇思とも書く。「神鳳鈔」にみえる伊勢神宮領の「宇治乃御厨」は当地付近に比定される。天正一七年(一五八九)七月七日、徳川家が「宇志村」の国本四郎右衛門に宛て七ヵ条の条規を定めた(「徳川家七ヵ条定書写」岡本文書)。同一八年一二月二六日に豊臣秀吉が金剛(こんごう)寺に安堵した五〇石の所領のうち、一部が「宇思」にあった(「豊臣秀吉朱印状」金剛寺文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by