宇治橋造橋断碑(読み)うじばしぞうきょうだんぴ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「宇治橋造橋断碑」の意味・わかりやすい解説

宇治橋造橋断碑
うじばしぞうきょうだんぴ

京都府宇治市宇治東内(ひがしうち)の放生院(ほうじょういん)(橋寺)境内にあるわが国最古の石碑断片。1791年(寛政3)に寺域内から発見された上方約3分の1を残す断片が現存しており、3行27字の銘文が読み取れる。その全文は『帝王編年記』大化2年条によって復原でき、現在の石碑はその下半を1793年に補ったものである。それによると、646年(大化2)山尻(山背)恵満(やましろのえまろ)の家より出た元興寺(がんごうじ)の僧道登(どうと)が、交通、軍事要衝である宇治川に架橋した理由と願文などが刻されていたことがわかる。ただし、建碑年代については646年説が有力であるが、797年(延暦16)の同橋造替時のものとする説もある。

[大脇 潔]

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