宇治川(読み)うじがわ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宇治川
うじがわ

滋賀県南西部から京都府南部を流れる川。淀川水系の一部。琵琶湖から流出する瀬田川を源流とし,大津市南郷で宇治川となり,木津川,桂川と合流し川となるまでの部分をいう。現在の河川法では宇治川という名称は存在せず,淀川中流部の通称である。長さ約 25km。古生層の山地を刻んで峡谷をなし,宇治で京都盆地に出る。かつては宇治からまっすぐに西へ流れて巨椋 (おぐら) 池に注いでいたが,文禄3 (1594) 年豊臣秀吉が伏見を経由する現在の流路に替えた。峡谷部は宇治川ラインと呼ばれる景勝地で,宇治の近くに流量調節および発電用の天ヶ瀬ダムが 1964年に完成。

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百科事典マイペディアの解説

宇治川【うじがわ】

琵琶湖南端に発し,京都盆地を流れ,淀川に合流する川。上流を瀬田川といい,京都・滋賀府県境の醍醐山地部では宇治川ラインと呼ばれる峡谷美をなす。古くは氏川・菟道河などとみえ,《万葉集》など多くの歌に詠まれた。奈良時代の北陸道(のちの奈良街道)が宇治川を渡る地点,現京都府宇治市宇治橋あたりには,7世紀中葉すでに架橋されており,日本最古の橋ともいわれる。《平家物語》によれば急流で,洪水も多かったが,アユ漁なども盛んであった。流量が多く,下流部ではしばしば洪水になったが,現在は洗堰(あらいぜき)と天ヶ瀬ダムで流量調節を行う。たびたび京都攻防の戦場となり宇治川の戦は有名。→宇治
→関連項目宇治[市]大山崎[町]巨椋池京都[府]京都盆地久御山[町]木幡高瀬川薪荘田上杣平等院琵琶湖国定公園琵琶湖疎(疏)水

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世界大百科事典 第2版の解説

うじがわ【宇治川】

京都府宇治市から京都盆地へ流れ出す河川。琵琶湖を水源として流出する唯一の川で,京都・大阪の府境付近で桂川,木津川と合流して淀川と名を変えるまでの流路の長さは約30km。上流は瀬田川といい,宇治市に入って宇治川と名を改める。滋賀県全域の流水はすべてこの川に流れこむために流量は大きく,巨椋池(おぐらいけ)干拓地周辺が水害を受けることが多く,1953年9月の台風13号による水害を契機に宇治川の治水事業が進展した。

うじがわ【宇治川】

平曲の曲名。平物(ひらもの)。拾イ物。都に攻め上る義経方と迎え撃つ木曾義仲方が宇治川の両岸に対陣した。比良・志賀の山の雪が解けて川水が増し,逆巻く白波の上に霧が立ちこめた暁である(〈三重(さんじゆう)〉)。評定も終わって畠山勢が渡河を始めたとき,平等院の対岸から並んで川に乗り入れた2騎があった。頼朝下賜の生食(いけずき)に乗った佐々木高綱と,同じく摺墨(するすみ)に乗った梶原源太(景季)である。先行の梶原が,〈馬の腹帯が伸びている〉という佐々木の注意で締め直しているすきに,佐々木が駆け抜けた(〈拾イ〉)。

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大辞林 第三版の解説

うじがわ【宇治川】

京都府南部を流れる川。水源は琵琶湖。上流は瀬田川、宇治市で宇治川となり木津川・桂川と合流して淀川となる。古来、網代あじろ・川霧・柴舟などとともに歌によまれた。⦅歌枕⦆

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日本の地名がわかる事典の解説

〔京都府〕宇治川(うじがわ)


京都府南部を流れる淀(よど)川中流部の別称。上流端はほぼ近江(滋賀県)と山城(京都府)の国境(府県境)と見てよいが、下流端は明白ではない。歴史的には、宇治川とは現在の宇治市北部から京都市伏見区南部にかけて広がっていた巨椋(おぐら)池に注ぐ川で、巨椋池の北西端だった一口(いもあらい)(現久世(くせ)郡久御山(くみやま)町東一口・西一口)から流れ出る川が淀川であった。1594年(文禄3)豊臣秀吉(とよとみひでよし)の伏見城築城のおり、宇治川はその外堀の機能を持たせるため巨椋池から堤防で切り離され、池の北縁を巡る流路が新設され淀川と直結された。以後、宇治川と淀川を区分する地点は曖昧になった。現在でも役所の担当部局によってその区分は異なり、伏見区の観月橋(かんげつきょう)までとするものもあるが、一般には京都盆地西部で木津(きづ)川・桂(かつら)川と合流する三川合流点(さんせんごうりゅうてん)までとみられている。延長約25km。宇治川ラインの渓谷は天ヶ瀬(あまがせ)ダム湖に沈み、近年はダム湖が新観光名所となった。ライン沿いに自動車道が通じる。宇治川の合戦など古戦場、『源氏物語』の舞台としても有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宇治川
うじがわ

(よど)川水系中流の河川。琵琶(びわ)湖から流下する瀬田川は、滋賀県大津市南郷の洗堰(あらいぜき)から下流を宇治川という。宇治川は京都府と滋賀県の境にあたる醍醐(だいご)山地を、くの字形の流路をとって流れるが、峡谷美に富むため、宇治川ラインとよばれる。宇治市から京都盆地を西流して、大阪府との境の大山崎町で桂(かつら)川、木津(きづ)川と合流して淀川となる。1964年(昭和39)に宇治市の天ヶ瀬(あまがせ)に天ヶ瀬ダムが建設された。堤高73メートル、長さ254メートル、水力発電、洪水調節などの多目的ダムである。1970年には上流右岸の喜撰山(きせんやま)山腹に、宇治川からの揚水による喜撰山ダムと地下発電所が完工した。また宇治川ラインの天ヶ瀬から大津市外畑までの12.2キロメートルの間は、天ヶ瀬ダムによって水位が上昇して長大な人工湖となり、いっそう風光美を加え、ことに初夏の新緑、秋の紅葉が美しい。沿岸には自動車道が開通した。
 なお、宇治市の平等院(びょうどういん)前の中州の塔の島付近では夏に鵜飼(うかい)が行われる。またこのあたりは宇治川の渡河地点として、治承(じしょう)、寿永(じゅえい)、承久(じょうきゅう)、建武(けんむ)などの宇治川の戦いの古戦場となった所で、佐々木高綱(たかつな)と梶原景季(かじわらかげすえ)の先陣争い(1184)の物語は有名である。[織田武雄]

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世界大百科事典内の宇治川の言及

【山城国】より

…現在の京都府南部の地。東は近江,伊賀,南は大和,西は河内,摂津,丹波に接し,四方ともに山で,周辺山地からの木津川,宇治川,鴨川(賀茂川),桂川,淀川などが平野部に流れる。人文のうえでは,中央にある巨椋池(おぐらいけ)(干拓事業で消滅)の北の京都盆地および周辺山地と,南山城地域とに区分できる。…

【宇治川】より

…琵琶湖を水源として流出する唯一の川で,京都・大阪の府境付近で桂川,木津川と合流して淀川と名を変えるまでの流路の長さは約30km。上流は瀬田川といい,宇治市に入って宇治川と名を改める。滋賀県全域の流水はすべてこの川に流れこむために流量は大きく,巨椋池(おぐらいけ)干拓地周辺が水害を受けることが多く,1953年9月の台風13号による水害を契機に宇治川の治水事業が進展した。…

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