宇津呂村(読み)うつろむら

日本歴史地名大系 「宇津呂村」の解説

宇津呂村
うつろむら

[現在地名]近江八幡市宇津呂町

なか村の北にあり、北は八幡町。古くは瓜籠とも記した。応安四年(一三七一)一二月八日の比牟礼八幡宮神領注文(日牟礼八幡宮文書)に「宇津呂正神主職」とある(→比牟礼庄。永正九年(一五一二)九月日の藤原光吉大工職譲状(高木文書)しま郷のうちとして「瓜籠村惣中」とある。貞享二年(一六八五)大和郡山藩領となり、同藩領で幕末に至る。寛永石高帳では高四八石余、慶安二年書上によると田一八石余・畑屋敷二六石余・荒川成三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む