安懸村(読み)やすかけむら

日本歴史地名大系 「安懸村」の解説

安懸村
やすかけむら

[現在地名]砥用町安部あべ 安掛やすかけ柳谷やなぎたに境石さかいし

東および南に早楠はやくす村、西に越早津おつそうづ村、北にくちはる村などがある。東にそびえる四万丈しまんじよう(七五〇メートル)、あるいは南西樺塔かばのとう山をはじめ、ほとんどを山並で占められ、村の中央部の谷間津留つる川が流れる。慶長国絵図に村名がみえる。正保郷帳によると高七四石一斗余、うち田方三九石二斗余・畠方三四石九斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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