宗掛村(読み)むなかけむら

日本歴史地名大系 「宗掛村」の解説

宗掛村
むなかけむら

[現在地名]勝田町宗掛

馬形まがた村の南東に立地。正保郷帳に村名がみえ、田五四石余・畑一三石余。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高三三石余・開高二一石余、村位は下。美作国郡村高并戸数里程事(武家聞伝記)によると延宝(一六七三―八一)頃と考えられる戸数一〇。元禄二年の鉄砲改帳(弓斎叢書)では猟師鉄砲一。同一〇年の村々書上(仁木文書)粟井下あわいしも村のうち宗掛村とみえ、家数一二、寛文一一年(一六七一)から六年間銅を採掘していたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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