宗重尚(読み)そう しげひさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宗重尚」の解説

宗重尚 そう-しげひさ

?-? 鎌倉時代の武将。
「家譜」によれば宗知宗(ともむね)の子で,助国の兄とされる。寛元4年(1246)大宰府の命にしたがわない対馬(つしま)(長崎県)の阿比留(あびる)国信を討つ。その功により対馬の地頭代に任じられたという。近年の研究では重尚は知宗と同様に実在を疑問視されている。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の宗重尚の言及

【対馬島】より

…13世紀後半からこれにかわって宗氏が台頭した。対馬と宗氏の関係について,1245年(寛元3)大宰府に従わない阿比留氏を宗重尚が追討し,ついで地頭代となったとする説が流布していたが,現在では後世の説話とされている。しかし74年(文永11)宗資国がモンゴル襲来のため対馬で戦死したこと,彼が対馬国地頭代だったことには明証がある。…

※「宗重尚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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