宮ノ下村(読み)みやのしたむら

日本歴史地名大系 「宮ノ下村」の解説

宮ノ下村
みやのしたむら

[現在地名]伊予市宮下(みやした)

現伊予市の北東、南部山地と平地部の接点に位置する。西は上野(うえの)村、東は八倉(やくら)村、北は現伊予郡松前(まさき)町、南は山境で現伊予郡砥部(とべ)町に接する。口碑によれば孝霊天皇の時代、伊予皇子は字今岡(いまおか)の地に宮殿を造らせ、宮殿の下にあたる地域を宮ノ下とよんだという。行道(ぎようどう)山(四〇三・一メートル)麓の茶臼(ちやうす)山は伊予皇子の陵と伝えられ、彦狭島の命・大小市命を祀る今岡神社が近年まであったが、現今は改造されて往時の跡をとどめない。

宮ノ下村は伊予郡神崎(かんざき)郷の内にあって古くは南神崎(みなみかんざき)村といわれた。慶長元年(一五九六)分郷して宮ノ下村と上野村の二村となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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