宮下町(読み)みやしたちよう

日本歴史地名大系 「宮下町」の解説

宮下町
みやしたちよう

[現在地名]岩見沢七条東ななじようひがし八条西はちじようにし八条東はちじようひがし九条西くじようにし九条東くじようひがし十条西じゆうじようにし十条東じゆうじようひがし十一条西じゆういちじようにし十一条東じゆういちじようひがし十二条西じゆうにじようにし十二条東じゆうにじようひがし十三条西じゆうさんじようにし

大正四年(一九一五)に成立した町名。岩見沢の鎮守である岩見沢神社の北に広がる。第二次世界大戦前は市街地第四区といわれ、条・丁目では北が現七条通の利根別とねべつ川に架かる七条橋から南は十三条までの東西各一丁目の地域をいう。利根別川沿いの七条東一丁目・八条西一丁目、八条東一丁目が宮下一丁目、九条西一丁目・九条東一丁目が宮下二丁目、現十条―十三条西一丁目と十条―十二条東一丁目が宮下三丁目であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む