宮曾根村(読み)みやぞねむら

日本歴史地名大系 「宮曾根村」の解説

宮曾根村
みやぞねむら

[現在地名]余目町宮曾根、酒田市広野ひろの

家居新田かずえしんでん村の北にある。酒田街道が南北に通る。庄内藩士水野市兵衛によって慶安三年(一六五〇)開発されたと伝えるが、慶安四年、承応二年(一六五三)とする記録もあり、「飽海郡誌」は、寛文元年(一六六一)総光そうこう(現飽海郡松山町)の開基佐藤伊勢守正信の子孫市郎左衛門が移住して新田を起こしたとしている。寛文五年の検地帳(宮曾根区有文書)に村名がみえ、高四三五石余、反別四六町三反余、名請人三一名。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む