宰府村(読み)さいふむら

日本歴史地名大系 「宰府村」の解説

宰府村
さいふむら

[現在地名]太宰府市宰府一―六丁目・青山あおやま一―四丁目・五条ごじよう一―六丁目・梅香苑ばいこうえん一―四丁目・うめおか一―二丁目・高雄たかお一―六丁目・石坂いしざか一―四丁目・白川しらかわ連歌屋れんがや一―三丁目・三条さんじよう一―三丁目・観世音寺かんぜおんじ一丁目・同五―六丁目・通古賀とおのこが一丁目・同六丁目・朱雀すざく一丁目・同四―六丁目・御笠みかさ一―五丁目・太宰府・石穴いしあな

四王寺しおうじ山南東麓、北から南西へ流下する御笠川上流域にある。東は北谷きただに村・内山うちやま村、はる村・吉木よしき村・阿志岐あしき(現筑紫野市)、南は針摺はりすり(現同上)、南西はむらさき(現同上)太宰府天満宮があり、日田街道から東へ分岐し、同宮へ至る参詣路が通っていた。また東方石坂を経て原村へ出てさらに東へ進み米山こめのやま(現筑紫野市)へ至る険阻な道、北上して糟屋かすや宇美うみ(現宇美町)へ至る道は古くからの官道という(続風土記拾遺)

天正一五年(一五八七)一二月七日の小早川隆景天満宮領打渡状(満盛院文書)によれば「宰府町分」の田六町五反半・畠一町九反・屋敷一八ヵ所などが太宰府天満宮領として与えられた。このとき同宮領とされた御笠郡内崇福そうふく寺の田一三町も当村内であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報