宿洞村(読み)しゆくぼらむら

日本歴史地名大系 「宿洞村」の解説

宿洞村
しゆくぼらむら

[現在地名]瑞浪市日吉町ひよしちよう 宿洞

宿しゆく村の東にある。日吉一二ヵ村の一で、元禄郷帳に「日吉宿洞村」とみえ、高一〇三石余。尾張藩領で中山道細久手ほそくて宿助郷を勤める(臼井本元禄郷帳)。「濃州徇行記」では高一二八石、田九町六反余・畑一町五反余・林二町七反、家数二九・人数一四〇、馬七。明治五年(一八七二)の村明細帳によれば田九町九反余・畑八反余、家数三六、男九〇・女七七、馬五。諸職は伯楽一。同八年本郷ほんごう村など一二ヵ村と合併、日吉村となる。八王子はちおうじ神社、北方社別当しやべつとう津島つしま神社がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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