宿野部村(読み)しゆくのへむら

日本歴史地名大系 「宿野部村」の解説

宿野部村
しゆくのへむら

[現在地名]川内町宿野部

下北半島の西部山地に発し、陸奥湾に南流する宿野部川の河口近辺に位置する。海辺沿いに東は檜川ひのきがわ村、西は蠣崎かきざき村と接する。

正保四年(一六四七)の南部領内総絵図に村名の記載はないが、品木しなのき崎に船遠見番所がみえる。「郷村古実見聞記」によれば元禄一二年(一六九九)の絵図に書上げられたとされるものである。雑書の寛文六年(一六六六)六月二七日条に「宿野辺村」へ上方船が一艘入津したとある。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付には宿部村とある。同年切支丹禁制、貞享五年(一六八八)捨馬禁止の高札が立てられた(御領分高札集)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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