密蔵院跡(読み)みつぞういんあと

日本歴史地名大系 「密蔵院跡」の解説

密蔵院跡
みつぞういんあと

[現在地名]常陸太田市長谷町

長谷はせ集落の南にある長谷神社の南に位置する。蒔田山長谷寺と号し、本尊は天保一二年(一八四一)の書上(小野崎氏文書)によると十一面観音菩薩。

寛文三年(一六六三)開基帳(彰考館蔵)山伏の部に寺の開基は不分明とみえるが、本山派聖護院末で、日光免八石余、日光免見捨地七斗余、屋敷見捨地四石余を有した。「新編常陸国誌」によると長谷寺を相続して朱印地六五石を所持し、観音別当や大宮おおみや明神別当を兼ね、大先達を称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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