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聖護院 しょうごいん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

聖護院
しょうごいん

京都市左京区聖護院中町にある修験宗の本山。もと天台宗に属していた。智証大師の開基。本尊は不動明王。慶長 18 (1613) 年に修験道の本山として山伏を直管した。寺宝が多い。

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デジタル大辞泉の解説

しょうご‐いん〔シヤウゴヰン〕【聖護院】

京都市左京区にある本山修験宗の総本山。もと天台宗寺門派三門跡の一。円珍の開創と伝える。寛治4年(1090)白河上皇の勅願により増誉が中興し、現寺号に改称。のち後白河法皇の皇子静恵法親王が入寺して、宮門跡となり、園城寺長吏・熊野三山別当職を兼ねる。室町時代から天台宗修験道の山伏を統轄。昭和37年(1962)本山修験宗を設立。
京都市左京区の地名。聖護院がある。

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百科事典マイペディアの解説

聖護院【しょうごいん】

京都市左京区にある本山修験宗(もと天台宗寺門派)の本山。本尊不動明王。円珍の開基で,平安末期から法親王が入って,園城(おんじよう)寺長吏と熊野三山別当を兼ねた。
→関連項目新熊野神社銅脈

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デジタル大辞泉プラスの解説

聖護院

京都府京都市左京区にある寺院。創建は1090年。本山修験宗総本山、本尊は不動明王。

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうごいん【聖護院】

京都市左京区にある本山修験宗の大本山。もと天台宗寺門派の大本山で円満院,実相院とともに三門跡の一つ。本尊は不動明王。智証大師円珍の開創と伝えられる。はじめ常光院と称したが,11世紀末に増誉が入寺して聖護院と改称した。増誉は1090年(寛治4)に白河上皇熊野参詣に先達をつとめ,その功として熊野三山別当に任ぜられ,以後,当寺は修験道と深い関係をもった。平安末期,後白河天皇の皇子静恵法親王が入寺して以後,代々法親王が入寺してあとをつぐことが多くなり,当寺門跡が三井寺長吏と熊野三山別当を兼ねるようになった。

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大辞林 第三版の解説

しょうごいん【聖護院】

京都市左京区聖護院にある本山修験宗の総本山。平安初期、円珍の開創と伝える。寛治年間(1087~1094)に増誉が現寺号に改称。後白河天皇の皇子静恵法親王の入山以来、法親王の入室が慣例化し、住持は園城寺長吏と熊野三山の別当を兼ねた。1613年より修験宗本山として山伏を直管。
◇ 京都市左京区の地名。聖護院を中心とする文教地区。京都大学の諸施設がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

聖護院
しょうごいん

京都市左京区聖護院中町にある天台宗系の単立寺院で、本山修験(ほんざんしゅげん)宗の総本山でもある。もと天台宗寺門派本山で天台三門跡(もんぜき)の一つ。本尊は不動明王。智証(ちしょう)大師円珍(えんちん)の創建。初めは常光院と称したが、11世紀の初めころ白河(しらかわ)上皇の熊野三山参詣の折に先達(せんだつ)をつとめた増誉(ぞうよ)大僧正が上皇の勅願により中興し、聖護院と寺名を改めた。増誉僧正のあと、4代目の門主に後白河(ごしらかわ)天皇の皇子静恵法親王(じょうえほっしんのう)がなってからは宮門跡となり、以後歴代親王が継承、園城寺(おんじょうじ)長吏、熊野三山別当職を兼ね、1613年(慶長18)天台修験道本山派の本山となる。応仁(おうにん)の乱の兵火や火災に再三あって焼失、愛宕(おたぎ)郡岩倉の長谷(ながたに)や烏丸上立売(からすまかみたちうり)(現上京(かみぎょう)区)にも移ったが、1676年(延宝4)現在地に再建された。本堂、宸殿(しんでん)、表門、書院、玄門などはそのとき建築されたもので、書院は江戸時代初期の書院例を示すものとして国の重要文化財に指定されている。1788年(天明8)、1854年(安政1)の二度の皇居火災のおり、聖護院が仮皇居となり、また維新後は山階(やましな)宮の在所であったため、遺品も数多い。木造不動明王立像2体、木造智証大師坐像(ざぞう)、光格(こうかく)天皇宸翰(しんかん)神変大菩薩(だいぼさつ)号勅書、後陽成院(ごようぜいいん)宸翰御消息、絹本着色熊野曼荼羅(まんだら)図など国重要文化財も数多い。毎年8月1日は奈良吉野の大峰(おおみね)に峰入りをする数千の修験者(しゅげんじゃ)の行列で有名。東隣に塔頭(たっちゅう)積善院(しゃくぜんいん)がある。[中山清田]

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世界大百科事典内の聖護院の言及

【本山派】より

…京都の聖護(しようご)院によって統轄された天台系の修験教団。修験道の開祖を役行者(えんのぎようじや),派祖を円珍(智証大師)とし,宗派の基礎は平安末期に固められた。…

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