富盛村(読み)とうむいむら

日本歴史地名大系 「富盛村」の解説

富盛村
とうむいむら

[現在地名]東風平町富盛(ともり)

東風平(くちんだ)村の南東、報得(むくいり)川上流域に位置する。南西に八重瀬(えーじ)岳、西にジリグスクがあり、北は低い丘に囲まれる。トゥムイ村とよぶ。三山時代には具志頭(ぐしちやん)間切の内であったという。絵図郷村帳には友利村とみえ、琉球国高究帳によると高頭一九五石余、うち田一三九石余・畑五五石余。「琉球国由来記」には富盛村とみえ、御嶽は八重瀬嶽御イベ(四御前)・中間(なかま)ノ嶽・ヒラウ嶽・比嘉(ひじや)森があり、富盛ノロが祀っていた。「球陽」尚貞王二一年(一六八九)条によると当村は火災が多く、風水をみてもらうと八重瀬岳が火山で、獅子を作って同岳に向かって置くと防ぐことができるといわれ、ジリグスクに石獅子を建てたという(石彫大獅子として県の有形民俗文化財に指定される)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む